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「、まつげついてる」 「えっ。どこ」 「ほっぺた」 「ほ、ほっぺた?」 忍足はそう指摘して私の顔をじっと覗き込んだ。正確には私の頬に落ちているまつげを見つめているのだけど。 私は慌てて右手で頬を擦った。すると忍足は「ちゃう、反対」と細目で笑う。 しかし右手を逆に持っていっても忍足は首を振る。 「取れてへんで」 「えー」 「目え瞑ってみ。取ったるわ」 そう言う間に忍足の右手が伸びてくる。言われた通りに私は瞳を閉じた。 このときは何も思わなかったのだけど、忍足の指先が私の頬に触れたとたん、 忍足にキスをされるかのような錯覚に陥った。まあ私たちは別に付き合ってもいないのでおかしな話なのだが、 シチュエーションとしては特に欠けているものはない。 残念ながら二人きりというわけではないが、普段よりも静かな教室。 私は目を閉じ、距離は詰められ、忍足の次の行動にすべてを任せている。ほら、まるでキスを待っているみたいに。 忍足は私の頬を包むように掌を添え、指先で頬を撫でるようにまつげを落としているようだった。すごく心地がいい。 でも親切心で自ら名乗り出てくれたただのクラスメイトに対して、不謹慎にも胸が高鳴るなんて。 ごめんね忍足。私、ドキドキしてる。 「はい、取れた。目え開けていいで」 「あ、ありがと」 それでもやはりキスが降ってくるなんて在り得ないことで。 言われた通りにゆっくりとまぶたを持ち上げると、また細目で笑っている忍足が眩しい光の中に見えた。 なんだか気恥ずかしくてすぐに目を逸らしてしまう。 今まで何とも思ってなかった人なのに、なんでキスされるだなんて思ってしまったんだろう。 友達に対してそんなことを考えてしまったので、そのあと急に忍足に名前を呼ばれて驚いた。 あんな、とその低い声はいつもより妙に響いて。あくまでも平静を装って、なに、とぎこちない笑顔を。 「なんか今な、キスしたなったわ」 きっとぎこちない顔はもっと酷いものになった。もう笑顔なんか作れっこない。 何を言い出すんだろう。そんなことを言う忍足はどんな顔して言ってるのかと思えば、うわ、にやついてる。うざい。 これは冗談なのかな、からかわれてるのかな、わかんないけど、反論できないのは私も同じようなことを考えていたせい。 でもあながち嘘じゃないのかも。 だってさっき私がおかしな錯覚を覚えたのは、こいつがそういうキスしたいとか思いながら私の頬を撫でたからだとしたら、 私だってそんなふうにキスされるのかもとか思っちゃうのも仕方ない。絶対そうだ。 「なんちゅー顔してんねん」 「…だって忍足が変なこと言うから」 「あーわかった、もおんなじようなこと思ってんやろ」 「ち!ちがうもん!」 真っ赤な顔で否定しても意味はないけれど、クッと堪えるように笑われてしまっては否定したくもなる。 ああこれはやっぱりバカにされてるんだ。胸とか躍っちゃって損した。 でも危なかった。あのまままつげを取ってもらっただけで終わってたら、私は忍足を好きになってるかもしれない。 こんな意地悪なやつって気付かないまま。 あーバカにしてくれてよかった。こんなやつ好きになんない。ちょっとときめいたからって、そんな、 「なー」 「何よ、もう」 「またまつげ、ついてんで」 意味深に笑うように忍足は言い放つ。何考えてるのこいつ。 ここでそう言えばまた私が目を閉じるとでも思ってるの。もし閉じればキスしてくれるの。 ちょっと待って私、キスしてくれるのって何。すっごくキスしてほしいみたいじゃない。 ねえ、別にしてほしいわけじゃないから。だからまた、頬を撫でるのは、やめてよ、忍足。 |